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ディジョンからサントネまで「グラン・クリュ街道」を車で下ってゆくと、この地区がコート・ドール(黄金の丘)という言葉で表される理由が良くわかります。 メゾン・ジョゼフ・ドルーアンは 「シャブリ・グラン・クリュ連合」憲章(U.G.C.C.)に署名しています 1968年にシャブリにぶどう畑を購入した頃、ボーヌに本拠を置くワイン会社が、シャブリ地区に自社ぶどう畑を構えることは異例なことでした。 1885年にフィロキセラによる被害が及んだことで荒廃が進み、ぶどう畑は事実上使い物にならなくなっていました。 1980年代初頭より、徐々にぶどう畑の植え替えが始まりました。「シャブリ」が現在のような名声を誇るようになったのも、この頃が始まりです。 シャブリのグラン・クリュが本来の品質レベルを維持し、その品質基準に適合させるためのモラルや倫理がより厳しく徹底されるべきと考え、メゾン・ジョゼフ・ドルーアンは2001年にU.G.C.C.への加盟を決定しました。 U.G.C.C.のメンバーは、「シャブリとは、かくあるべき」を誓い、そのための厳格な規定として、収穫量・栽培方法などの憲章(カルタ)を制定しました。 「Union des Grands Crus de Chablis」の認定ラベルをまとったワインは、メンバーの厳格なブラインドテイスティングにおいて高く評価されていることを表します。 歴史的遺産 ボーヌの街のフレンチ・ローマ地区に位置する、メゾン・ジョゼフ・ドルーアンの本社は、建築、経済など、ボーヌのあらゆる歴史の脈動に深く関わっています。 その中世およびルネッサンス期の建物は、古くはブルゴーニュ公、さらにはフランス国王の住居でもありました。 古い石畳の Rue du Paradis(天国通り)と、その反対側の Rue d'Enfer(地獄通り)。 そのいずれもが、メゾン・ジョゼフ・ドルーアンへと続く道になっています。 本社の2階の窓からは、例えようの無い美しさを持つ中世の屋根の波、そして、極彩色のオスピス・ド・ボーヌを見渡すことができます。 もう一つの側には、13世紀の教会(ノートルダム参事会管理聖堂)があります。 石畳の下には、ボーヌの街の地下を縫う迷宮のようなセラーが広がっています。
13世紀の、ゴシック様式の元参事会聖堂のカーヴ14世紀の、ブルゴーニュ侯所有のカーヴ 16世紀の、フランス王所有のカーヴ の3組からなるセラーは、ドルーアンの誇りであることはもちろん、過ぎし時を今に伝える歴史的史跡として、ボーヌの誇りでもあります。 その暗く静寂な空間には、何千樽ものワインが眠り、静かに熟成の時を待っています。 |
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